麹町ラプソディ
丸の内サラリーマン(ブラック)が日常を五行で切り取るブログ。
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サトイチ

Author:サトイチ
子どものまま大人になった、しがないリーマンのつぶやきです。
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あと、甘党です。

サークル「RoseBud」にて、定期的に一定のテーマで短編小説を書いています。
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あんぱん。
夏。

青春、旅、田舎のあぜ道、青空、雲、花火、浴衣と制服。

夏は人によってその形を変える。
僕にとっての夏は、あんぱんだった。


もう10年ほど前になるだろうか。
その夏は記録的な猛暑で、外を移動するにもコンビニをハシゴしなければならなかった。
右も左もわからず上京して入ったばかりの会社で、営業として外回りをしていた僕にとっては、色々な意味で忘れがたい夏だった。

お盆の時期に入る前に得意先を回り切らねばならず、特にその日は予定が詰まっていた。
その上、話好きの社長の長話に付き合わされ、とても悠長にお昼を食べる時間は無さそうだった。
次の得意先は千葉の方で、30分以上電車に乗ることになる。
おまけに昼は電車の間隔が長い。

仕方ない、か。

僕はキヨスクであんぱんとお茶を買った。
手軽に食べられるものなら何でも良かったのだが、何故あんぱんを選んだのかは、今でもわからない。
そこまであんぱんが好きなわけではないのだ。

とにかく、僕はあんぱんを買い、電車に駆け込んだ。
何とか座ることができ、一息つくと、周りに知り合いがいないことを良いことに、あんぱんを取り出した。
普段そのような人間を見ると軽蔑してきたが、背に腹は変えられない。

僕が耳障りなプラスティックの擦れる音を立てながらあんぱんを咀嚼していると、隣の女性も、手に持っていたキヨスクの買い物袋を漁り出した。
丸みを帯びた顔立ちに赤縁の眼鏡がよく似合う、あどけなさを残した30歳くらいの女性だった。
彼女はおもむろにその買い物袋からあんぱんを取り出し、無言で食べ始めた。

僕らはたまたま同じ電車の隣に座り、たまたまお互いあんぱんを買い、たまたまそれを車内で食べなければならない事情があったのだ。
二人で並んで無言であんぱんを食べながら、僕は彼女に奇妙な連帯感を感じていた。おそらく、彼女も僕に対してそれを感じていただろう。周りの人間も、僕らを一括りに捉えていたに違いない。
しかし、僕らはまだ一言も会話したことのない、赤の他人なのだ。

二人はプラスティックの音に包まれながらあんぱんを食べ終えると、どちらともなくお互いを見た。
視線が交錯する。
何でもいいから、何か言わなければならない気がした。
僕はとにかく口を開いた。

「あんぱん、好きなんですか?」

「いえ、別に」

「奇遇ですね、僕もです」

質の悪いナンパのような始まりであったが、悪意が無いことが伝わったのか、それとも無言の時間を共有していたからか、それから20分ほど談笑することになった。
と言っても、ほとんど僕が一方的に話していたから、彼女のことはあまりわからなかった。それがわかるには、僕はあまりに幼かったのだ。

僕は彼女に好意を抱いていたけれど、年齢も離れていたこともあり、交際したいというよりは、自分のことを知ってほしいという想いが強かった。そういう年頃だったのかもしれないし、社会人になったばかりで誰かに自分の存在を受け止めて欲しかったのかもしれない。
とにかく、結果として彼女のことでわかったのは、彼女が栄養士の資格を持っていて、千葉に向かう必要があって、車内であんぱんを食べていたということだけだった。

僕は彼女に色んなことを話した。
仕事で千葉の方に向かっていること、得意先の社長の長話に付き合わされお昼を食べる時間が無かったこと、会社の悩み、弟の方が要領がよくて立つ瀬がないこと、果てには、誰にも言ったことの無かった将来小説家になりたいという夢まで彼女に語っていた。
彼女は、僕の作品を読んでみたいと言ってくれた。
それが本心だったのか、大人の対応だったのか、今でもわからない。
でも、僕がデビューしたら必ず本を送りますよと言うと、彼女は住所をメモ用紙に書いて渡してくれた。

彼女は笑顔で「頑張ってね、楽しみにしてるよ」と言い、僕より一つ手前の駅で降りて行った。

今思えば、手紙を送るなり、そこを訪ねるなり、何かしらの行動をすべきだったのだろう。
しかし、若かった僕は、頑なにデビューすることにこだわってしまった。
デビューするまで、接する資格がないと勝手に思い込んでいたのだ。

それから仕事の合間を縫っては小説を書き、3年後にようやく小さな出版社の新人賞を受賞して、本が出版されることが決まった。
夢が叶ったことにしばらく浮かれた後、あの夏の約束を思い出し、必死にメモを探して本を送ってみた。
そして、一週間後に所在不明でそのまま返ってきた。

このとき、僕は自分の中に奇妙な変化を覚えていた。
本がそのまま返ってきて、残念に思うのと同時に、安堵している自分がいたのだ。
僕は何処かで、返ってきて欲しいと願っていたのかもしれない。
あの時、腕が接するほど近くにいた僕らは、今はもう3年分の距離が開いてしまっている。
僕はもう、あの頃の僕ではないし、彼女ももうあの頃の彼女ではないのだ。
このまま終わることで、彼女はほんのひと時を染める線香花火のように、美しく僕の心に残すことができる。


ときおり僕は、あの夏のことを思い出す。
そして、もしあのとき手紙を出していたら、会いに行っていたらと想像する。
そして、イメージの世界から、少しづつ現実に戻ってくる。
たまにあんぱんも食べてみる。
それなりの年齢になると、色々なことに適当に折り合いをつけて生きていけるようになるのだ。


そんなわけで、僕にとっての夏は、あんぱんなのである。






純文学を気取ってみようシリーズ(続編があるかは不明)です。
たまには長めの文章を。

純文学は要約してしまうとただのダメ人間に落ち着いてしまうので、村上春樹よろしく要約してはいけないですね。
今回の文章も、要約すると「べ、別にあんたのことなんて好きじゃなかったし、本が戻ってきて清々したんだからね!」といったところでしょうか。
素敵なほど女々しいですね。

でもそういった、他の人から見れば単にウジウジしていたり非効率的だったり無理のある合理化や責任転換だったり、そういった無駄なものもひっくるめて人生なのですから、こういった文章があってもよいのではないかと思います、と合理化してみます。




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テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学


コメント

チャットで会って以来です。お久しぶりです。
日常的に恋と愛のチェスゲームを展開しているような人たちならともかく、何かとそういう経験に触れることが少なかったりすると、ちょっとしたことが小さな思い出から大きな思い出に化けていることに気付いてはっとしたりしますよね。

……ところで、純文学ってどういう区切りなのでしょう。書きながらこれは中間小説なのかライトノベルなのか文学なのか、まるで分からなくなる瞬間があったりします。
[2014/08/11 16:17] URL | 歯車 #fLQ05n2U [ 編集 ]


>歯車さん
お久しぶりです!
何だかんだですっかり間が空いてしまいましたね。

それはつまり非日常的なオセロという感じですね。
ちょっとしたことの積み重ねで、何かと何かが結びついて連鎖的に。

純文学とそれ以外については、人によって解釈が異なるのかもしれないのですが、僕は純文学以外のものはストーリーを読むもの、純文学は心の動きを読むものだと考えています。
その観点からすると、村上春樹にストーリー性を求めるのはナンセンスですし、むしろ邪魔になります。
問いに対して答えを出さないままそれを保持し、答えを出す事よりもそれとどのように向き合うのかに主眼をおいたのが純文学とも言えるかもしれません。

[2014/08/12 01:37] URL | サトイチ #- [ 編集 ]


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