麹町ラプソディ
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【小説】 赤い屋根の家 10.佐脇のケース
 佐脇勇次(さわきゆうじ)は、鏡の前に座していた。
「これが、その鏡か」

 四十を過ぎるまで仕事一筋で趣味らしい趣味もなかった佐脇は、上司の失敗の責任を転嫁されて閑職に左遷された結果、暇を持て余していた。真面目一辺倒で生きてきたため、政治的な駆け引きなどできようもなく、妻に罵られようともそれも運命と受け入れるより他なかった。小学生の息子は、友達と遊ぶのに忙しくて自分のことなど見向きもしてくれない。

 仕方なく暇つぶしにと、それまで見向きもしていなかった家の蔵の片付けをしていたところ、いかにも古い木箱の中から、これまたいかにも古い文書が出てきた。生真面目で凝り性な性格の佐脇は、見つかった文書の解読に手をつけた。大学の専攻がこんなところで役に立つとは思わなかった。妻はそんなことより稼ぎを、と言っていたが、佐脇が聞く耳を持たず古文書にのめり込んでいるのを見るうちに放っておくようになった。
 どうしてもわからないところは飛ばしながら読み進めていくと、どうやら平安時代あたりの陰陽師の手により書かれたものであり、ある女性からの頼みにより鏡に呪いをかけたことについての後悔が書き連ねられていた。

 『自分が密かに思いを抱いていた后妃が、天皇の子を授からないばかりに罵られ、他の若い女が子を授かっていくことに耐えられないと言って、さめざめと泣かれてしまった。女やその子ばかりでなく、犬よりも下の扱いを受けるのだ、と。その結果、あのような鏡を生んでしまった。元々はそこまで呪いは強くないはずだったが、彼女の血を受けて(判読不能)。とんでもないことをしてしまった。あの女は物の怪の類かも知れぬ。あの鏡を見たものは(判読不能)、解呪はとてもできぬと判断し、つてを辿って慶国寺に預けることとした。』

 せっかくここまで調べたのだからと、佐脇は慶国寺を訪ねてみることにした。

◇◆◇


 『慶国寺』は近隣に四寺あり、それ以上の手がかりは得られそうになかったため、休日に手当たり次第に回ることとした。幸い二軒目で、昔に鏡を預けられたことがあったらしいという住職に出会った。しかし、その寺には鏡らしきものはなく、寺の記録を辿って行くと、どうやら過去の住職が賭博の借金のカタに譲ってしまったと書かれていた。

「ご期待に添えず、申し訳ございません」と、住職は頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、お忙しいところ申し訳ございませんでした」
「身内の恥で申し訳ございませんが、他言無用ということでお願いできますでしょうか」
「もちろん、承知しております」
 佐脇は寺を後にした。


 後日、寺で書き写した鏡の譲渡先の氏名と住所を頼りに車を走らせると、一軒の民家にたどり着いた。誰も住んでいる気配がなく、赤い屋根が嫌に不気味であったが、住所は間違いなくこの辺りである。近くに民家もなく、ここが目的地のようだった。

 「ごめんください」と、おそるおそる入ったが、家のどこにも生活の痕跡がない。人がいなくなって久しいに違いないが、誰かに見つかったときの言い訳を必死に考えながら家を探索した。そして、二階に姿見があることに気がついた。しかし、平安時代にはガラス製の鏡などなく、専ら銅鏡の類であったはずだ、と思い直した。
 それでも鏡をしげしげと眺めていると、像が不自然に歪んでいることに気がついた。どうやら鏡の上部が、手の平二つ分くらいの広さだけ歪みがある。もしかして、と鏡を横から見ると、鏡にしては非常に分厚かった。裏側から軽くノックをしていくと、そこだけ音の響きが異なっていた。
 「これは、ここに隠してあるな」と、佐脇は思った。資産隠しか、金持ちの道楽かはわからないが、おそらく昔の鏡がそこに入れてあるに違いない。その上から鏡をこしらえたのだ。鏡台の引き出しを開けると、家の文書と同じ筆跡で、書付が添えられていた。

 『面識もなく、このような依頼をする無礼をどうかお許しいただきたい。この鏡には強い呪いがかけられており、とても解呪はできそうになく、保管をお願いした次第である。呪いの対象は女、子ども、そして犬だ。これらに強い恨みを持つ者の呪いがかけられている。解呪ができれば何よりであるが、もしできなかった場合は、人目につかぬよう、厳重に保管をお願いしたい』


 寺の住職に宛てた文書であろう。その後、数代にわたって伝えられた後に借金のカタに取られることとなった上、鏡に入れられるとは予想だにしていなかったはずだ。
さて、どうしたものかと佐脇が辺りを見回すと、積まれた手紙の束に気がついた。
 ここまで来たのだから、と手紙を開くと、胸焼けのする内容であった。宛名のない手紙には、この家は呪われていること、連れてきた女性がことごとく魂が抜けたように動かなくなること、どうしたものかと思案していると、その人間がとっくの昔に死んだことになっていること等が書き連ねられていた。宛名のあるものをいくつか読み進めていくうちに売買の話が出てきた。おそらく顧客からのものと思われる内容で、このように書かれていた。
 『先日購入させていただいた、最上です。本当に人間そっくりの人形で、大変気に入りました。こんなに精巧な造りのものは初めて見ましたので、とても感激しております。あちらの方もまったく問題ございませんでした。また是非入荷されましたら、一番にお知らせください。もちろん、お金は惜しみませんので。』

 他にも同様の手紙が複数あった。宛名のない手紙は、おそらくこの鏡の持ち主が書いたものだろう。誰かに出そうとして、出す相手がいなかったのだろうか。
 手紙の内容と今までの古い文書から推測すると、鏡を見た女、子ども、犬は鏡を見ると魂が抜けたように動かなくなり、それを人形として売買していた、ということだろうか。にわかには信じがたい内容である。ここまで来たものの、それを試すには町で見知らぬ女性に声をかけることなど佐脇にはできようはずもなく、妻か子どもを連れてくることはなおさらできそうになく、犬は嫌いだ。


 ひとしきり悩んだ結果、佐脇は自分の読み解いた古文書の書き下しを、その封筒と一緒に置いておくことにした。元より、暇つぶしで始めたことだから、鏡にたどり着いたところでひとまず当初の目標は達成できた。あとは、これを見つけた人が続きを進めるのであれば、自分の暇つぶしも無駄にならずに済む。それが、生真面目に生きてきた佐脇の落としどころであった。
 佐脇は、少しの名残惜しさを感じながら、 ちょっとした研究者のはしくれになったような気分で赤い屋根の家を後にした。


 もしもう一度人生を歩み直せるなら、大学の教授を目指すのもよかったかも知れない。自分ができなかったことを子に期待するのは親の性である。佐脇は、帰りに書店で平安時代をモチーフにした漫画と古文の辞典を未来の教授のために手に取った。

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