麹町ラプソディ
丸の内サラリーマン(ブラック)が日常を五行で切り取るブログ。たまに小説も書きます。
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サトイチ

Author:サトイチ
子どものまま大人になった、しがないリーマンのつぶやきです。
当ブログはリンクフリーですので、気軽にペタペタしてください。相互リンクの場合は是非コメント等に一言頂けると助かります。
あと、甘党です。

最近、小説ばっかり書いてますが、そのうち媒体を切り分けることも考えています。ただ、今はとにかく書くことが大事だということで、ひとまずこのまま混合して進めて行きます。



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6.「完璧なパスタなんて存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」
 いつも通り昼過ぎに散歩をしていると、老婆ではなくトナカイが向こうから来た。
「おお、新入りじゃないか」
 赤鼻は、鼻から勢い良く白い息を出し、吐ききれなかった分を口から出した。
「赤鼻さん、唾が飛んでますよ」
「冬だからな。唾も飛ぶさ。どこかの腐れロック野郎みたいに、頭が飛んでないだけマシだろう?」
 赤鼻は空に向かって鼻を鳴らした。



「そう言えば、お前の作ってるパスタ、何か物足りないな。サンドウィッチはまあまあなのに」
「そうですか。トナカイはナッツでも食ってろよ」
 僕の作っているものは、やはり街の住民に供給されているようだ。
「何て言うか、魂を感じないんだ。お前の言葉で言うと、『ロックじゃない』んだ。わかるか?」
 心当たりはあった。自分で作っていても、何となく中身のない味だった。それは、調味料とか作り方とか、そう言った問題ではないように思えた。いくつもパスタを作ったけれど、どれも共通して、何かが欠けているのだ。大衆向けのポップスみたいな味だ。悪くはない。腹は膨れる。でも、魂は震えない。

 赤鼻は僕の目を覗きこんだ。
「冬は魂を拘束する。弱いものから確実に捕えて行くんだ。それを乗り越えるためには、魂を揺さぶることが必要だ。お前のパスタも、その一つでなければならない」
「言いたいことはわかった。でも、どうすればいい?」
「お前の悪いところは、『正解』を求めるところだ。そんなものがあるのは、学校の勉強だけだ。正解は自分で作るしかない。後は自分で考えろ」
 そう言うと赤鼻は頭を下げ、アスファルトに硬い蹄の音を連れながら僕の横を通り過ぎた。
 
◇◆◇

 その夜、とうとう今年初めての雪が降った。真っ暗な空から静かに舞い降りてくる雪は、無から有が生まれてくるような力強さを感じた。あるいは、僕が雪を見慣れていないから、ある種の感動がそう感じさせているのかも知れない。
 次の日の朝、世界は白く染められていた。清潔なシーツのように、襟元を正されるような厳粛さがあった。雪は三日三晩降り続き、三日目には僕も雪の感動よりも雪かきの労力が勝るようになった。これが何ヶ月も続くのかと思うと、気が遠くなりそうだ。

 雪が積もる中、僕はパスタを作り続けた。この前、影から出口を探すように言われていたが、雪が止むまでは家から出る気にならなかった。それに、パスタの出来にも満足が行かなかったから、まずはパスタを作ることが大事なように思われた。完璧なパスタを目指す戦いはロシア文学のようにグルグルと迷走し、雪も結局一週間降り続き、それでも止む気配はなかった。

◇◆◇

「確かに、言われてみれば何か物足りない気はするけど、そんなに気にすることかな」
 煮詰まった僕は、夏に相談をしに来た。夏の家で、テーブルを挟んで豆から挽いた温かいコーヒーを飲んでいる。ブルー・マウンテンだ。
「それって、あんまり僕のパスタに期待されていないように聞こえるけど」
 僕は少しショックだった。
「そんなことないよ。でも、すべてが完璧なんて、ありえないでしょう?」と夏は言った。右手に持ったマグカップを口に近づけた。完璧な動作だった。特別なものを特別と認識しないのは、罪なことだと思った。ここは完璧な街なのだ。

 よし、と夏が手を打った。
「じゃあ、私に何か作って見てよ。パスタの材料くらい、多分あると思うから。作ってる過程で何かわかるかも知れないし」
「わかった、何が食べたい?」
「ボンゴレ・ビアンコ」
「いいね」

 僕は早速調理にとりかかった。幸い、下処理したアサリが冷凍庫に入っていたので、アサリを解凍している間にフライパンを熱し、オリーブオイルとにんにくを入れた。にんにくを焦がさないように、弱火で慎重に炒めている間、僕は夏のことを考えた。夏が食べてくれて、美味しいと言ってくれたら、僕はきっと嬉しいだろう。街の皆のために作るのではなく、自分のために作るのでもなく、僕は今、夏のためにパスタを作っている。

 大きめの器に盛り付け、黒胡椒を振った。ありあわせの野菜でサラダとコンソメ・スープをつけて、簡単な夕食の支度をした。
「お、いい感じだね。早速食べようよ」
 僕は、夏の一口目をおそるおそる眺めていた。自分もパスタを食べようと思ったが、手が鉛のように重たく感じた。
 一口食べて、夏の手が止まった。僕の心臓が、一拍、大きく鳴った。血液の流れる音が聞こえる。

「あれ、美味しい。今までと全然違うね」と言って、夏は目を輝かせながらパスタを次々頬張っていく。
「本当に?」
「本当に。作りたてってのもあるのかも知れないけど、それだけじゃない気がする。今までは当たり触りの無い味だったけど、これは少し尖ってるのかな。調和は少し崩れてるけど、それがアクセントになっていると思う。パスタを食べて、こんなに美味しいって思ったのは初めて」
 夏はあっという間にボンゴレ・ビアンコを食べ終わり、僕の分も少し分けてあげた。
 
 食べ終わると、夏がコーヒーを入れてくれた。夏は思い出すように口を開いた。
「でも、なんでこんなに違ったんだろ。作り方も特別なことは無かったように見えるけど」
「うん、特に作り方は普通だったと思う」
「いつもと違ったことは?」
 僕は考えを巡らせた。
「強いて言えば、夏のことを考えながら作った。美味しいものを食べてもらいたいと思って」
「君、恥ずかしいこと言うね」と言って、夏は僕を指さした。顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「ち、違う、そういうことじゃなくて」と僕は慌てて弁解しようとすると、夏はケラケラと笑った。
「ごめんごめん、でも、何となくわかったよ。今度から、君の家に来た人の分をその場で作って出すようにしよう。手間はかかるけど、そっちの方がいい。効率がよけりゃいいってもんじゃないからね」
 夏は、すべてわかっている、というような顔をして、歌うように言った。

「完璧なパスタなんて存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」
 そこには個別的な絶望があり、個別的なパスタが存在するだけだ。

◇◆◇

 あれから一週間ほど経ち、僕の家にはこの街の住人が訪れるようになった。夏から食器を分けてもらって飲食店風の備えをした。みんな、どんな仕事をしているのかさっぱりわからないが、料金はきっちり支払っていく。そして、食べた後の満足そうな顔を見ると、こちらまで嬉しくなる。赤鼻も満足そうに鼻を鳴らしていた。ミートソースが飛ぶので、控えめにしてもらいたいところだが。

 今日は夏が最後の客だった。パスタの件が片付いた以上、僕は前に進まなければならない。
「ところで、この街の出口ってあの門だけなのかな?」と夏に聞いた。
 夏は少し考えたあと、森、と答えた。
「私の知る限り、出口は門しかないはず。でも、この街に来た時から森には近づくなって言われているから、森だけは行ったことがない。だから、可能性があるとすれば北の森だけだと思う。この街から出たいの?」
 僕は、わからない、と答えた。
「影が死ぬとどうなるか知ってる?」と夏が聞いたので、僕は首を横に振った。
「影が死ぬと、本体の感情が徐々になくなっていって、最後には事象的な存在になる。外部から情報がインプットされて、自動的に処理されてアウトプットされる。それだけ。でも、それはある意味幸福なことだと思わない?」
 そうかもしれない、と僕は答えた。
「でも、君の料理を食べて、君と話していると、なくなったはずの感情が少しだけ戻ってきている気がする。私だけでなく、他の人も。君は何か、特別な存在なのかもしれない。もし森に行くなら、軍曹に話を聞きに行くといいと思う」
 ごちそうさま、と言って、彼女は僕の家を去った。感情がなくなれば、苦しみや痛みを感じることもない。でも、喜びや楽しみもない。人のいなくなった家で皿を洗いながら、それは死ぬことと同じではないかと思った。そして重要なことは、夏の感情もなくなってしまっているらしいということだった。感情がなくなる、というのがどういうことなのか、僕にはうまくイメージできなかった。僕に見せる夏の表情も、本人の意志とは無関係の、反射的な事象に過ぎないのだろうか。外では雪が、まだ降り続いている。

 完璧な絶望が存在しないなら、完璧な街も存在しないのではないか。まどろみの中でそんなイメージが浮かび、雪の中に消えた。
 
 

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